町長の議論に応ずる姿勢に感服
一般質問は、町政全般について質すもので、質問に立つためには周到な準備が必要です。私は一般質問することは議員の義務と考えておりますので、本定例会でも質問しました。
今回はスポーツ振興関係の質問として、①利府町スポーツ推進計画(案)(以下「素案」という)のパブコメについて、②利府町スポーツ推進計画素案の内容についての2点を質問しました。
一般質問者8名のうちトップバッターでした。直前の予算特別委員会で、町当局上程の一般会計予算(案)のうち、スポーツ振興関係予算が一部修正・否決された後だったので、熊谷町長の傷口に塩を塗るような質問内容となり、大変申し訳ないと思いつつ質問しました。予算案の一部修正・否決、しかもご自身の思い入れが強い分野の予算だったことから、町長は感情が高ぶっているのではないかと思いましたが、予算審議と一般質問での議論は別とばかり、決して感情を表に出さず、議論には議論で応ずるという町長の冷静な姿勢に感服しました。
例えば、「(スポーツ流鏑馬等の)新たなスポーツ文化の創造を目指すとしているが、そもそも文化というのは、やはり歴史や伝統の裏付けがあって形成され、かつ継承されるものだ。無理やり新たなスポーツ文化の創造という号令を発しても、なかなか文化として定着しないのではないか?仮に熊谷町長の間は定着したかのように見えても、町長が代わったときに継承されないのではないか?廃れてしまうのではないか?と危惧する。」という私の質問に対して、「”古(いにしえ)、我より始める”という言葉があるように、どの歴史・伝統も、その昔誰かが始めたことだ」と冷静に切り返しました。町長は、”我、新たなスポーツ文化の創始者たらん”としているのだなと理解しました。(決してゴマすりでこんな事を書いている訳ではありません。私は是々非々です。)
①利府町スポーツ推進計画素案へのパブコメ
予算審議だけでなく、日頃から議員の間では町長が推進しつつあるスポーツ流鏑馬について否定的な意見が多く、先の12月定例会でも「スポーツ振興課」の設置に係る審議で熱い議論が交わされたことから、住民の方だけでなく、当然に議員の多くがパブコメに応募したのかと思っていましたが、応募したのは私一人だけでした。計画案を10回ぐらい読み込んで、中身を理解するとともに、問題点を明らかにし、それを意見として論理的に分かり易くまとめるという作業は結構大変で、約3日間かかりました。その後も時間を掛け推敲を重ね、所掌している教育委員会に提出しました。
ちなみに、今年1月以降、「はつらつ健康利府プラン」、「介護保険計画」についてもパブコメの機会がありましたので意見を提出しました。パブコメに応じるためには、計画の読み込みは勿論のこと関連知識が必要で、結果的にパブコメに応じることで、今後議員として活動していくために必要な勉強ができました。その意味では、大変有意義でした。
意見提出後数日して、教育委員会の担当に問い合わせたところ、私の意見はあくまでも「参考意見」に留めるとのこと。仮に私の意見を採用して素案を修正すると、これまで積み上げてきたスポーツ審議会での議論が崩れてしまう、発散してしまう、したがって素案への反映はしないとのことでした。私も陸自の司令部等に勤務していた折に、意見集約作業をしたことがあったので、パブコメの意見集約作業に当たる担当者の苦労は分かるものの、意見を提出した立場としては複雑な気持ちでした。
上記のようなことがあったので、パブコメで得られた住民意見の反映という観点から、以下のような質問をしました。
「12月定例会の審議で、鈴木晴子議員から「スポーツ推進計画はまだ策定中であり町民の声が反映されていない。今後行われるパブコメで、町民の声に真摯に向き合ってほしい」との意見があり、それに対し「町民の声を反映させていきたい」との前向きな答弁があった。今回の素案に係るパブコメで町民の声は、具体的にどのように反映されたのか?」
教育部長の答弁は、スポーツ推進審議会で検討し(単なる)参考意見にした、という予想された回答でした。(「参考意見」というと聞こえは良いが、要するに却下ということ)
②利府町スポーツ推進計画素案の内容
私の主な質問は以下の通りです。
①素案は、要支援・要介護認定者数の増加や児童・生徒の体力・運動能力の低下といった現状分析を踏まえた、「町民の健康増進・体力増進等のための運動・スポーツの推進」よりも、「新たなスポーツ文化の創造によるにぎわいの創出」「スポーツによる地域活性化・まちづくり」に重きを置いているように思え、本末転倒だ。もっと「町民の健康増進・体力増進等のための運動・スポーツの推進」に重点を置いた計画とすべきなのではないか?
②新たなスポーツ文化の創造を目指すとしているが、そもそも文化というのは、やはり歴史や伝統の裏付けがあって形成され、かつ継承されるものと考える。十符の菅薦や青麻神社の青麻神楽などが良い例だ。流鏑馬についていえば、館山城主のお殿様が家臣の鍛錬のために流鏑馬を推奨した、館山城下の武士は伊達氏の家臣たちよりも流鏑馬、弓矢の術が卓越していたというような歴史でもあれば、利府町の新たなスポーツ文化とし根付く可能性はある。しかし、無理やり新たなスポーツ文化の創造という号令を発しても、なかなか文化として定着しないのではないか?仮に熊谷町長の間は定着したかのように見えても、町長が代わったときに継承されないのではないか?廃れてしまうのではないか?と危惧する。
③素案の基本目標Ⅲに「新たなスポーツ文化の創造によるにぎわいの創出」、基本目標Ⅳに「スポーツによる地域活性化・まちづくり」が掲げられており、また「モータースポーツ、スポーツ流鏑馬の積極的な開催」との記述がある。賑わいの創出のためであれば、スポーツ流鏑馬やラリーでなくても、沢山の人に親しまれている他のスポーツでも良いのではないか?オリンピック種目にもなったアーバンスポーツ(スケートボード、BMX、ブレイクダンス等)の方が、沢山の観客を呼び込め賑わいの創出・観光振興にも役立つだけでなく、若い人が自分もやってみたい、自分もオリンピックを目指したいという気持ちになるのではないだろうか?
④スポーツによる賑わいの創出や地域活性化が真に町民福祉の向上、即ち町の経済に寄与し、観光振興に真に役立つのであれば、決して否定するものではないが、モータースポーツやスポーツ流鏑馬は観光イベントとして関連計画に盛り込むのが適切と考える。敢えてスポーツ推進計画の中に記述するのであれば、それを基本目標に据えるのでなく副目標として位置付けるべきではないか?
総括すると、町当局は、国のスポーツ基本計画に「スポーツによる地方創生、まちづくり」とあるので、健康増進等のためのスポーツだけでなく、流鏑馬やラリーを含めスポーツ振興を図りたいというもの。 (しかし、町のスポーツ推進計画は、明らかにまちづくりに重点を置いた記述となっており、また流鏑 馬やラリーを積極的に推進するため、スポーツを「する人」だけでなく、「見る人」「支える人」も含めた「新たなスポーツ文化を創造する」としており、少し違和感を覚える記述となっている)
それに対し私は、要は程度の問題で、まちづくり、賑わいづくりのための流鏑馬等は否定しないが、もっと「町民の健康増進・体力増進等のための運動・スポーツの推進」に重点を置くべしというものでした。


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